村上昭夫『動物哀歌』より引用

『詩とことば』に引用された詩の中で興味深く読んだ作品。

 

「雁の声」

雁の声を聞いた

雁の渡ってゆく声は

あの涯のない宇宙の深さと

おんなじだ

 

私は治らない病気を持っているから

それで

雁の声が聞こえるのだ

治らない人の病いは

あの涯のない宇宙の涯の深さと

おんなじだ

 

雁の渡ってゆく姿を

私なら見れると思う

雁のゆきつく先のところを

私なら知れると思う

雁をそこまで行って抱けるのは

私よりほかないのだと思う

 

雁の声を聞いたのだ

雁の一心に渡ってゆくあの声を

私は聞いたのだ

荒川洋治『詩とことば』からの引用

個人が体験したことは、散文で人に伝えることができる。その点、散文はきわめて優秀なものである。だが散文は多くの人に伝わることを目的にするので、個人が感じたこと、思ったことを、捨ててしまうこともある。個別の感情や、体験がゆがめられる恐れがある。散文は、個人的なものをどこまでも援護するわけにはいかない。その意味では冷たいものなのである。詩のことばは、個人の思いを、個人のことばで伝えることを応援し、支持する。その人の感じること、思うこと、体験したこと。それがどんなにわかりにくいことばで表されていても、詩は、それでいい、そのままでいいと、その人にささやくのだ。(荒川洋治『詩とことば』岩波現代文庫